広東料理マニアックス

①順徳料理とは? | ②農家レストランは小動物園 | ③自給自足村のおもてなし

順徳を中心に、一歩踏み込んだ広東料理をご紹介する「広東料理マニアックス」シリーズ。最終回は広東版里帰り企画です。

訪れたのは、順徳の中心部から北西に車を走らせること3時間弱、沙糖橘(みかんの品種)の産地である肇慶市德慶県汶傍(ちょうけいし とくけいけん ぶんぼう)。

なぜここかというと、篠原シェフが順徳を旅する際に、いつも車をお願いしているドライバー・ラウさんの故郷だからです。今回、思い切って「ラウさんの実家に行ってみたいんですが…」と伝えたところ、「歓迎するよ!」と、とんとん拍子に話が進み、一緒に帰省することに。

そこで私たちがいただいた、村のおもてなし料理とは…? テレビでは見聞きできない、中国広東省の田舎暮らしをご紹介します。


広東省肇慶市德慶県汶傍(現地GPSで確認)。

 

ようこそ自給自足の村へ!

宿泊している順徳新世界飯店を出発したのは、朝9時頃のこと。

嶺南文化発祥の地と言われる肇慶(ちょうけい)市の中心部を通過し、珠江の主流である西江沿いの道を広西チワン族自治区の方、すなわち西へ西へと向かっていくこと数時間。

休憩がてら、龍の卵伝説で有名な寺院・悦城龍母祖廟の参道に立ち寄って、この地域ならではの名物、肇慶裹蒸粽(緑豆、脂肪たっぷりの豚肉、塩漬け卵の黄身などが入ったちまき)を食べ、さらに265号を北上。赤土の崖と林、田畑の織り交ざる風景が続く先に、その小さな集落は姿を現したのでした。

ラウさんの引率で集落の中に入っていくと、前方に動いていたのは放し飼いの鶏。

さらに鴨の親子も登場です。

そして、村に珍しい客人が来る噂が立っていたのでしょうか。路地を覗くと、遠巻きに子供たちの姿が見えました。声をかけると一転、弾けたように駆け寄ってくるじゃありませんか!

聞けばこの集落は、水路を引いて米を作り、魚を飼い、鶏や鴨を放し飼いにし、畑を耕して暮らしている自給自足の村。

昔は水牛も飼育しており、土壁の小屋で乳を搾ったり、耕作に役立てていたそう。路地にはみかんの皮が干してあったり、家の屋上には広東白菜が干してあったり…。とても大らかな空気が流れています。

家に到着すると、お兄さんのリウさんが登場。ちょうど料理の準備をしているところです。

 

薪を燃やして鍋を振る、農村地帯の御馳走を食す

調理場は薪で火をおこすスタイル。100万人が住む仏山市順徳から、車で片道3時間ほどの場所に、これほど素朴な農村があったとは…。篠原シェフも驚きを隠せません。

そこでリウさんが作ってくれたのは、草魚(ソウギョ)と菜干(干し野菜)の炒めもの。草魚はもちろん、村で養殖していた新鮮なもの。両手で抱きかかえるほど大きな中華鍋に、ぶつ切りの草魚、水で戻した菜干を入れて、薪の火で一気に炒めると、湯気とともに香りがわっと立り上ります。

調理が終わると落花生油をドボドボとかけ、仕上げにパキッと折るや、ワイルドに芳香を放つ香菜をトッピング。おおざっぱではありますが、見た目も香りも、これをそそると言わずして何と言おう。

続いて鍋に入ったのは鶏のぶつ切り。なんとこの鶏、私たちが1時過ぎに着くことを想定して、朝10時に絞めたものだそう。

「鶏は人工飼料を一切与えず、米しか食べさせていないので味がいいんだよ。順徳の食材とは全然味が違うんだ」。そう話すラウさんの横顔には、自分の生まれ育った村への誇りが見えます。

調味のベースとなっているのは、柱侯醤(チュウホウジャン:広東省仏山市発祥。大豆、小麦粉、にんにく、唐辛子、香辛料から作る香りの強い味噌)、海天蚝油(海天ブランドのオイスターソース)、生抽王(広東の濃口醤油)。

鉄鍋を熱し、生姜、にんにくを香りが出るまで炒め、鶏に片栗粉をまぶし…といった過程は、まさに中国料理そのもの。こうしたことが当たり前に、家庭の厨房で行われているんですね。

最後に菜芯(サイシン)と油麦菜(ヨウマイツァイ)をざっと炒め、蒸らして火を通したらできあがり。もちろん、これらも畑で採れたてです。

さらに今日は私たちのために、漬けていた蜂蜜酒を開けていただけることに。蜂蜜酒は、蒸留酒に村で獲れた蜂の巣を丸ごと漬け込んだもの。

太陽に透かして見ると、黄金色の液体の中に、蜂の巣のかけらが踊っています。

みんなで円卓を囲むわくわく感や楽しさは、中国人も日本人も変わりません。あまり言葉は通じなくとも、「食べたい」「食べてほしい」「おいしい」「嬉しい」と思う気持ちは一緒。温かな気持ちと喜びとで、一気に空間が満たされました。

沙糖橘が食べ放題!農村の豊かな食を満喫

素敵な食事がひと段落した後、ラウさんが誘ってくれたのはみかん畑。これが一見普通の小さなみかんなのですが、口にすると何でしょうこれは…。とびきり甘い!

聞けば、この集落で育てているみかんは沙糖橘(砂糖橘、沙糖桔)と呼ばれるブランド品種。この界隈の温暖な気候条件と赤土は、沙糖橘の栽培に好適で、ここから香港やマカオに運ばれ、さらに北京や上海などの都市部へ出荷、高値で取引されているそう。

道すがら、みかんを積んだ小さなワゴン車や、「大果」という看板が見られたのですが、その名産地ということで納得も納得。季節が来ると、都市部では偽物が出回るほど人気だとか。

その大きさはおおむね直径4cmほど。日本で流通しているものはずっと小粒ですが、皮は極めて薄く、むきやすく、噛むやいなや、口中で濃密なみかんのジュースが弾けるよう。

しかもこれが驚きの無農薬。「好きなだけ持っていっていいよ!」とのおばあちゃんの言葉に、篠原シェフのテンションはMAXに!

「これが広東の心だよ―――!」と叫ぶ篠原シェフ。

ちなみにみかんを収穫するときは、乾燥を防ぐため、摘果の時は枝と葉を一緒に切り落とし、決してヘタを取らないようにするのがポイント。夢中でみかん狩りをし、口に運び、ありがたくおいしさを噛みしめます。

こうして大量のみかんをカゴに入れ、お土産に袋詰めしてもらったら、もうゆっくりしている時間はありません。香港行きのフェリーに間に合うよう出発しなければ。子供たちともさようなら。

つかの間の滞在でしたが、想像だにしなかった展開に、皆心身ともに満たされたことは言うまでもありません。

中国の食といえば、想像を絶する仰天ニュースがネタのように飛び交う昨今。しかし、実際にはこんなにも豊かな暮らしが広東省の農村部に息づいている‥‥そんなことを肌身で感じられた滞在となりました。

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「広東マニアックス」シリーズ、いかがでしたでしょうか?

順徳料理に始まり、農家レストラン、農村地方の家庭料理と、どんどんディープになっていった当企画。都市部の旅行では決して見られない、リアルな広東を感じていただけたら幸いです。

また、順徳料理のリクエストがある場合は、ぜひ「海鮮名菜 香宮」までお問い合わせを。4名以上でお料理のご相談が可能です。きっとこれまでの滞在で得られたものを、篠原シェフのセンスで楽しませてくれることでしょう。

※現在「香宮」のシェフは交替し、篠原シェフは中国本土で活躍しています。(2018年9月追記)

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TEXT & PHOTO 佐藤貴子