あなたの知らない四川料理がここに…!『おいしい四川』『四川料理の旅』の著者にきく、現地取材エピソード&今成都で行きたい店

コアな四川料理ファンならご存じ、四川料理専門ウェブサイト『おいしい四川』。このサイトから8月25日、恐らく本邦初?の現地四川料理ガイドブックが誕生しました。

衝撃的なタイトルは『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』。四川料理のことをよく知らない人でも、紙面をめくればいきなり麻辣ワールドに引き込まれること必至。この中の何店舗かを訪れてみれば、本当の四川に触れられるのでは…という気分になるほど、匂い立つような四川がここにあります。

『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』

『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』表紙

帯文を寄せているのは、四川大学に4年間留学し、現地厨房で働いていた経験ももつ「赤坂四川飯店」三代目の陳建太郎さん。その建太郎さんが「僕も知らない四川がここに!!」と言うほどに、ここにはディープな四川の味がぎっしり。

そんなわけで、一部の四川料理好きおよびプロの料理人の中で話題のこの本。「いったいどんな人が書いてるの?」ということで、日本サイドの著者・中川正道さんに出版秘話をうかがいました。今、四川省で食べたい料理&行きたい店もご紹介します。

【お話をきいた人】中川正道さん

2002~2006年まで四川省成都市に留学&システム開発のSEとして勤務。一度帰国するも、現地の四川料理が忘れられず「世界に四川料理の魅力を広めたい!」と、2012年成都に戻り、現地の仲間とともに四川料理専門ウェブサイト『おいしい四川』を立ち上げる。

もともと書籍化を目指していたことから出版社に掛け合い、2014年8月にサイトを再編集した四川省の四川料理ガイド『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』を上梓。現在はドイツ・フランクフルト市でウェブデザインの仕事に携わる傍ら、中国語版、英語版の出版に向けて尽力している。

四川人と日本人、両方の目線で本を編む

―どういう経緯でこのプロジェクトがスタートしたのでしょうか?

中川 そもそも「四川料理プロジェクト」は4、5年前から構想していました。実は最初、どこかに四川料理の店を作ろうと思って、四川料理を勉強していたんですよ。ところが、ある方から「本当の四川料理なんて、日本の誰が知ってるんだ。いったい誰が食べるんだい?」と厳しいことを言われまして…。 「確かにそうだな」と思い直し、店ではなく、四川料理の情報を提供しようと方向転換したんです。

焼烤
店をやるなら出したいと思っていた料理が、スパイスたっぷりの串焼き「焼烤(シャオカオ)」。当時日本にまだ来ていない料理だったこともあり、若き中川青年を魅了。(本書126ページで楽山「徐焼烤」の焼烤を紹介)

そこから、中国の人気レシピを日本語に翻訳して紹介するブログを書いたり、仕事が終わってからWebサイト制作を勉強できるスクールに通い始めたりと、密かに準備を始めました。しかし現実は仕事とスクールの忙しさから、四川料理サイトの制作時間もなく、一体いつになったら「四川料理プロジェクト」を始められるだろう…と悶々とする日々でした。

一気に具体化したのは2012年のこと。うちの嫁が兼ねてから希望だったドイツへの転職が決まり、これを機会に「目標を形にしよう」と、自分も本業だったシステム開発のSEの仕事をやめて、一緒にドイツへ行くことにしたんです。

そこで、会社を辞めることを決めた夏、「四川料理をまとめたサイトや本を作りたいから一緒にやろう」とずっと誘ってきた張勇(ジャン ヨン)に会いに行きました。かなり無計画ではありますが「まず成都へ行って、張勇に会えばどうにかなるか!」と(笑)。

すると偶然、張勇も仕事を辞めることが判明。事態は急展開し、ここから取材活動がスタートしました。取材を終えた足で9月にドイツへ渡り、怒涛のWebサイト制作が始まったのです。

『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』
本の前身となったウェブサイト『おいしい四川』では、230種類以上の四川料理を紹介。

―四川側のパートナー、張勇さんはどんな方ですか?

中川 2004~2006年の間、四川留学中&働いていた時、ルームメイトして一緒に暮らしていた仲です。当時から、週1回は2人でおいしいお店や珍しい料理を食べ歩きに行っていましたね。張勇はその後、日本人留学生とも親しくなり、アニメの好きの影響もあったのか、大学院では日本語学科を専攻・卒業しています。

―2人の仕事分担は?

中川 『おいしい四川』の時点で、僕は全体の企画と写真撮影、Webサイト制作を担当。張勇が主にインタビューと中国語のテキストを担当しています。日本語のテキストは、僕が要点のみ翻訳し、加筆して書き上げており、彼なくしてはこの本は成り立ちませんでしたね。

―取材はどんな風に進んでいったのですか?

中川 自分たちの取材スタイルは基本的にアポなしです。窓際の太陽光がいい感じに当たるところに席をとり、店の看板料理を聞いて注文します。
そして、こそこそと一眼レフで写真を取る。食べてみて、二人とも同時に満足感を感じた場合、そこで取材の申し出をします。
しかし、そんな怪しげな行動をしている自分たちに対して、多くの店主は非常に好意的でした。取材の後に会計をしますが、お金を受け取らない方が非常に多かったですね。

特に女性の店主はサービス精神旺盛でした。本で「お酒と合う夜食ならこの店で」と紹介している『三哥田螺(サンガァーティエンルオ)』の店主は、既に会計を済ませた自分たちに対して払った金額の2倍のお金を返してくれました。「いやいやいらないですよ」といってもポケットに強引にお金を入れてくる…、そんな方でした。

三哥田螺
店名にもなっている「三哥田螺(サンガァーティエンルオ)」とは、田螺(たにし)を激辛の秘伝のタレで炒めた料理。中川さん曰く「成都版きたなシュラン」BEST10にランクインする名店。(本書102ページで紹介)

また、本では成都だけではなく、他の街の料理も紹介していますが、張勇のネットワークで現地のグルメなコーディネーターと一緒に食べ歩きしたのもいい思い出です。中でも楽山(らくざん)のコーディネーターは大の食べ歩き好きで、1泊2日の日程なのに「紹介したい店が20件以上ある」と豪語し、みんなで腹がさけるぐらい食べましたね。

四方豆腐干
楽山は巨大な磨崖仏(石仏)で有名な観光地。「ここで思い出すのは「四方豆腐干(スーファンドウフガン)」。豆腐を揚げてから一旦冷やし、中に大根の細切りを入れる楽山流の豆腐料理です。楽山人の友人が子供の頃から通っている屋台の味です」。

―四川料理を通じて、四川の人と語り合う体験は、中川さんにとってどういうものでしたか。

中川 成都へきたものの、どういう風に取材をするのかまったく決めていませんでしたし、自分も張勇も取材などしたことなかったので、2人とも最初はビクビクしていたんです。 しかし、四川人は基本的に人付き合いが好きで、社交的な人柄。やってみれば特に困ることはなく、やさしい店主が多かったこともあり、だんだん慣れていきました。

取材ではまず「口号(店が大事にしていること)」を聞き、次に店がどうやって発展していったか、店のこだわりなどを聞いています。女性の店主は饒舌に話してくれるのですが、男性の店主はどちらかというと口下手。「老板在嗎?(店主います?)」と店員に尋ねた後、女性の方が登場すると、「この取材は大丈夫だ!」と安心したりして。

料理用語は文献をいくつか読んでいたので特に問題ありませんでしたが、ハードルは四川なまりでしたね。店主へのインタビューは主に張勇が担当していたので大丈夫だったんですが、僕は60~70%ぐらいの理解だったかなあ。特に楽山の店主たちは楽山なまりがすごく、四川語でも難しいのに、さらに聞き取りのハードルが上がりました(笑)。

本場成都でおすすめの四川料理はこれだ!

―もし今すぐ成都に行くことができるなら、どの店で誰と食事をしたいですか?

中川 張勇と出版を記念して、火鍋を食べに行きたいですね。お店は「巴蜀崽兒火鍋(バーシューザイアールホォグォ)」。この店は打ち上げでよく使う店です。
火鍋以外であれば、本の表紙にもなっている「打牙祭(ダーヤージ)」へ行き、花鯰魚を食べながらビールを飲む。または近くの「九妹飯店(ジュウメイファンデェン)」で久しぶりに恐竜兎(コンロウトゥ)も食べたいです。

紅油火鍋
「巴蜀崽兒火鍋(バーシューザイアールホォグォ)」の紅油火鍋(ホンヨオホォグォ)39元。通常の火鍋の3分の2程度の価格とあって、地元の人で大人気の店。(本書77ページで紹介)
打牙祭
本の表紙を飾った料理は「打牙祭(ダーヤージ)」の青花椒魚片(チンホァージャオユィーピェン)。花鯰魚(ナマズの一種)を煮た料理でビールにぴったり。(本書66ページで紹介)
九妹飯店
「九妹飯店(ジュウメイファンデェン)」の恐竜兎(コンロウトゥ)は、ウサギ一羽を蒸し、唐辛子、花椒などと一緒に炒めた料理。鼻を突き抜ける麻辣味!(本書59ページで紹介)

―本ではいわゆる有名店ではなく、ローカルな店を紹介しています。中国に行き慣れていない人が、こうした店を訪れる際の心構えを教えてください。

中川 特にかしこまる必要もなく、好きに入って、好きな料理を注文すれば大丈夫。外国人だからと言って、怪訝な顔されることはまずありません。逆に「よくきたね!」と笑顔で迎えてくれる人の方が多いはずです。

衛生面で見ると有名高級店の方がよいので、最初はちょっと…と思うかもしれませんが、成都に住んでいる人に「おいしいお店はどこにある?」と聞くと、ほとんどの人が「蒼蝿館子(ハエが飛んでいるレストラン)」に本当においしい料理はあると言います。

言い換えれば、有名高級料理店ではなく、最もローカルな店にこそ美味がある。そういう意図もあって、今回はローカルな店ばかり掲載したつもりです。店の見た目が少しぐらい悪くても気にしない!

万春腌鹵
中川さんが選ぶきたなうまい店NO.1は「万春腌鹵(ワンチュンイェンルー)」。「明るい内から鹵菜(生薬入りの醤油だれに漬け込んだ料理)を頼み、ビールをゆっくり飲むのは幸せでした。肉系と野菜系をまんべんなく頼むのがおすすめです」。(本書39ページで紹介)

食を愛するすべての人へ、好奇心を刺激する一冊となってほしい

―中川さんがこの本で表現したかった中国の食文化とは?

中川 四川だけではないのですが、本当の中華料理は中国大陸にあります。中国では2012年に「舌尖上的中国」という食のドキュメンタリーが放映され、大きな反響を呼びました。Youtubeでも見られるので、ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、この番組では中国の各地方の多彩な食文化を、高品質の映像で紹介しています。

このドキュメンタリーがひとつのきっかけかもしれませんが、今、中国では多くの人たちが自分たちが食している料理を再認識し、評価している過程にあります。そういう大きな流れの中で、今回、自分たちは「四川」をテーマに本とWebサイトを作成したんだ、という意識がありますね。

中国人自らが自分たちの食文化を再認識しているということは、外国人である私たちにとって「本当の中華料理が何か」なんてわかるはずがないもの。ですから、今回制作した本は、僕と一緒にサイトや本を作り上げた四川人が「本当の四川料理とはこれだ」というものをまとめたものでもあります。

すべての四川料理を網羅しているわけではありませんが、定番と言われる伝統的な料理、今、流行っている料理は押さえたつもりです。この本を持って、四川を食べ歩きするという想定なので、食べ歩きに必要なマップ、食べ方、注文方法など必要な情報はすべて詰め込みました。

この本が料理人の方、食を愛する方の食の好奇心を刺激し、新しい発想や食べ歩きの旅に役に立てばこの上なくうれしいです。ぜひ、活用してください!


『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』では、成都食べ歩きプラン、四川名物料理&家庭料理、人気店の看板料理、火鍋、人気の麺…と四川料理の魅力が満載! 日本で見慣れない料理でも、食べ方や注文の仕方も一緒に紹介されているので、これを見て自分も中国語でオーダーしてみようか…という気持ちにさせてくれる楽しさもあります。

また、後編は成都周辺や川南地方の料理、お土産ガイドなどディープな四川もご紹介。香港、上海、北京への旅行もいいけれど、次は成都か…? ページをめくれば、きっとそんな気持ちになりますよ。

KanKanTrip9
『涙を流し口から火をふく、四川料理の旅』
共著:中川正道/張勇
出版社:書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)
定価:本体1,500円+税
ISBN978-4-86385-152-8 C0026
※全国主要書店およびAmazonなどのオンライン書店で手に入ります。本の在庫がない場合、書店で注文または出版社までお問い合わせください。


Text 佐藤貴子/ことばデザイン
Photo 中川正道(料理写真)